扉をひらいて

Written by 二級抹茶.
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「それじゃ明日、日曜の朝十時に丸井駅で」
「はい、先輩。楽しみにしてます」
 そう言って、先輩とあたしは学校の正門で別れた。
 今日も春らしい陽気で、土曜の昼下がりは心地よい暖かさ。でもそれとは全く対照的に、あたし、青葉林檎は浮かない気分だった。
「はあ……」
 思わずため息がこぼれてしまう。
 好きな人に告白して付き合うようになって、今日は五回目のデートも約束した。人から見れば幸せの絶頂ってところだろうか。でも……美樹のことを考えると、どうしても気分が晴れない。
 あたしと美樹は、丸井高校に入学する前からずっと親友だった。
 何をするにもいつも一緒で、何も隠しごとのない関係のはずだった。
 それがおかしくなったのは三月の終業式。先輩が美樹に告白したのだ。あたしは先輩を好きになっていたけど、先輩の想いにも気付いていたから告白できなかった。もちろん美樹にも相談できなかった。
 その結果、どうなったかと言うと――
 美樹は先輩を振った。そして、あたしが告白した。
 それだけのこと。だけど、それ以来あたしは美樹を避けるようになってしまった。春休みが終わり、学年が一つ上がってもまだ引きずったまま。
 先輩を振ったからではない。というか望みがかなったんだから、あたしは美樹に感謝してもいいはず。でも、何となく気まずい。以前のように美樹に接することができない。
 一方、先輩は最初の方こそ戸惑っている感じだったけど、今では向こうの方からよく誘ってくれる。美樹のことも区切りがついているようだ……あたしの希望も入っているかもしれないが。
 このままではいけない。いつかなんとかしなければと思いながらも、何もできないまま時間だけが過ぎ去っていく。こうして考えていても、ずっと同じところをぐるぐると回っているだけ。

 結論が出ないままぼんやりと歩いていると、カフェ紅玉館が見えてきた。去年から先輩がバイトしている喫茶店で、あたしも何度かお邪魔している。そして――先輩が美樹に告白した場所でもある。
 そのことが気になって足が遠のいていたが、今日はひさしぶりに覗いてみる気になり、足を止めた。そのまま帰る気分でもなかったし。
 ……カランコロン。扉に付けられた鈴の音が響く。
「あら、しばらくぶりじゃない。いらっしゃい」
 お店の中では、景子さんがカウンターに立っていた。店長の妹さんだ。
「こんにちは。就職されたそうで、おめでとうございます」
「ええ、なんとか。ちょっと大変だったけどね」
 景子さんはにっこりと笑った。
「最近は仕事にも慣れてきたし、沙也加ちゃんも高校に進学していそがしくなったから、土日はあたしが手伝っているってわけ」
「そうなんですか」
「でも、今日は制服のまま寄り道? あまり感心しないわね」
「ちょうど通りかかったから……。それに、こないだは美樹も制服で来てたんじゃないですか?」
 言ってから、わざわざ出すべき話題じゃないと思ったが、すでに手遅れ。でも、景子さんはそれには直接答えず、
「聞いたわよ。付き合ってるんだって?」
「え、先輩から聞いたんですか?」
「あの子も振られて落ち込むかなと心配していたら、そうでもなかったんで問い詰めてみたのよ。誰と付き合ってるかは言わなかったけど、それくらい見当つくわよ。女のカンでね」
「はあ。まあ、その通りなんですけどね」
 すると景子さんは、あたしの目を見ながら話しかけてきた。
「それで、美樹ちゃんの方とはうまくいってるの?」
「それは……」
「気が変わって、取られるかもしれないとか思ってるわけ?」
「いえ、そんなことはないですけど」
 あたしはあわてて否定した。
「でしょ? 少なくとも今のところは」
「え、ええ。でも、あたしくせっ毛だし、美樹みたいに胸ないし……」
「胸は私が高校生だったころと変わらないわよ。使い道もないのにぜいたく言ってるんじゃないっ!」
「つ、使い道って……じゃあ、景子さんはあるっていうんですか?」
 あたしの質問は無視された。
「とにかく、三角関係ってわけでもなくなったんだし、かえってすっきりしたんじゃないの。美樹ちゃんも悩んでいたわよ」
「え、美樹も来たんですか?」
 予想外の言葉に、あたしはちょっとびっくりした。
「そうよ。あなたみたいに、私だけいるときに相談に来てね。仲良くしたいのにどうしようって、泣いちゃって大変だったんだから」
「そうだったんですか」
 優しく諭すような口調で、景子さんは続けた。
「これで一生、友達の縁を切ろうなんて思ってないんでしょ。だったら、早いとこ声をかけた方が、お互いにとって一番いいんじゃない?」
「はい……そうですよね」
「声が小さい!」
「わっ、はいっ!」
「よろしい。悩んでいてもキリがないことなんだから、まず行動あるのみよ。早速今日からでも、ね?」
「はい! じゃあ、あたしもう行きますね。あ、それと美樹の相談にも乗ってくれてありがとうございました、景子さん」
「またいらっしゃい。今度はあの子が店にいるときに、ね」
 いたずらっぽく笑う景子さんの言葉に、あたしも微笑みを返していた。

 扉を開けると、暖かな春の陽射しが差し込んできた。顔を上げて、穏やかな光を降り注いでいる太陽を眺める。そして、一つうなずく。
 これから、美樹を買い物に誘おう!
 そう決めたあたしは、気が付くと走り出していた――

エピローグ

「林檎ちゃん、わざわざ家まで誘いに来てくれたのはすごく嬉しいんだけど……制服のままでいいの?」
「……あ。」

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