言わないことがひとつある

Written by 二級抹茶.
---------------

 二学期。
 秋が近いとはいっても、九月だからまだ暑い。
 チャイムが鳴って、退屈な古文の授業が終わる。待ちに待った放課後。ふだんのボクなら部活に直行するところだけど、今日は違う。
「授業が終わったら、教室で待ってて。話があるから」
 アイツにそう言われてるからだ。
 一体どんな用件だろう。
 先週作った精進料理のお礼、あるいはこの間腕ひしぎ十字固めをかけたことへのリベンジ……なわけないか。
 まあいいか。来るまで待つことにしよう。
 ふと教室を見渡してみると、もう自分以外いない。みんな部活に行ったか家に帰ったようだ。
「早く来ないかな……」
 ほおづえをつきながら、独り言をつぶやいていた。
 窓から校庭を眺めると、陽射しが地面に降り注いでいる。日が落ちるまで、まだ時間がある。ぼんやり座りながら、ときどき時計に目線を落とす。

 十分ほど過ぎた。
 そろそろ部活もあるからと、カバンを持って立ち上がったところで、やっとアイツが来た。
「遅いぞ」
 とりあえず文句を言った。
「ゴメン、並木。でも人に聞かれたくない話だから」
「ん? なら家でも……って廊下にも人、いないよね」
「うん、それは大丈夫」
 コイツとボクは、現在同居している。親戚同士だし家賃も半分ですむ……そんな考えでお互いの両親が同意したからだ。
「それに、家じゃ話しにくかったから」
「あまり学校ではいっしょにいない方がいいよ。もし」
「学校にバレたら僕も並木も退学、だったっけ……」
 この丸井高校は校則が結構きびしく、去年は退学処分もあった。
 まあ、親戚同士で同居してるのがバレたくらいで退学になるか怪しいが、少なくとも周りに変な噂を立てられない方がいいわけで。
「でも、どうしても言っておきたくて」
 なぜか神妙な顔をしている。
 気が付いたら、ちょうど黒板の前でお互いが向かい合っている。まるで、これから対決するみたい……なんて場違いなことを考えてしまう。
 息を吸い込む気配が聞こえる。そして、決意の言葉。
「僕と、付き合ってほしいんだ」
「え?」
 予想はしていたけれど、それでもびっくりした。
 戸惑っているボクに、たたみかけるよう質問が続く。
「僕のこと、並木は嫌い?」
「それ以前に、付き合うってどういうこと?」
 ボクは切り返してみた。
「どういうって……例えば、いっしょに買い物したり映画を見に行ったり」
「そんなことなら、一学期のころからしてるじゃない。夏休みには海にだって出かけたし」
 言いながら、思わずうなずいていた。だから戸惑っているわけで。
「じゃなくて、特別な対象として見てほしいというか」
 それはわかるけど、こっちにも心の準備というものがある。放課後の教室という独特な雰囲気に、ボクも内心ドキドキしているのがわかる。
「それって、エッチなコトがしたいとか?」
 時間稼ぎもかねて、わざと聞いてみた。
「え、そんなつもりじゃ……それに男の約束もあるし」
「男の約束?」
「あ、これは自分の問題で、並木には関係なくて……」
 しどろもどろだけど、なんだろう? ウチの親父との約束だろうか。
 ちょっと気になったけど、なんか顔も赤くなってるしこれ以上突っ込まないことにする。込み入った事情を聞かれるのはボクも苦手だし。
 心を落ち着けて、話を戻そうと問いかけてみる。
「じゃあ、今までより意識してほしいってことかな?」
「うん……できれば、ちゃんと返事がほしいんだけど」
 白黒はっきりさせたいようだ。らしいと言えばらしいかな。
 ボクは少し考えてから、質問を投げ返す。
「アンタは、ボクのどこが好きなの?」
「え? そ、それは……」
 ふふ、焦ってる。もう顔なんか真っ赤になってるし。
 答えなんて、本当はどうでもよかった――そのことを示すために、ボクは思い切り抱きついて言った。
「ま、これからも仲良くやっていこうよ!」

---------------

戻る